私が惚れた写真集たち 1 “from my window”, Andre Kertez

1件のコメント
Posted 03 2月 2010 in memo



トークイベント「モテる写真!」に関連して、「私が惚れた写真集たち」を数冊ご紹介します。美術関係の教育機関で定期的に講義をしたり、写真関係の本を翻訳したりしてきた経験もあるので、それなりの数の写真集やカタログなどを資料として買ったり、図書館で借りたり、時には頂いたりして見てきています。いずれ仕事で使うから買ったとか、たまたま手に入ったから持っているという本も多いのですが、どうにも気持ちが動いて仕方ない、手元に置いておきたいと惚れ込んで買ってしまったものも、数々あります。

そういう写真集を、生活の中で頻繁に手に取って見ているのか、と言われると実際のところそうでもなかったりするのですが、一度手に取り、ページを繰ると、やっぱり好きだなぁという気持ちがじわじわと湧くし、住む場所を変えても、処分したり仕舞ったりせずにずっと近いところに一緒にいるものなので、私になにがしかの影響を与えてくれるものだと思います。
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そういうことをつらつらと考えながら、本棚を眺めていて、まず手に取ったのがアンドレ・ケルテスの『from my window』(1981)。長年連れ添った妻エリザベスに先立たれ、塞がった気分で過ごしていたケルテスは、偶然手に入れたポラロイドカメラSX 70でニューヨークのワシントン・スクエア近くにあるアパートの窓辺で、手近にあるものを撮り始める。当時彼は84歳。それまで白黒写真で撮っていた彼にとってポラロイドによるこのシリーズは、初めてのカラー写真による作品、ということでもある。ポラロイド特有の、表面の層に光が溜まっているような密度をそなえた発色。

光の差し込む窓辺に置かれたさまざまなオブジェの中に、滑らかな曲線をえがく胸像のようなガラスのオブジェがある。ケルテスが近所のアンティークショップの店先で見かけたときに、そのかたちがエリザベスの姿と首筋を彷彿させるからという理由で衝動的に買い求めたものだという。ガラスのオブジェは、窓辺の光の移ろいを透し、階下の眺めを留め、刻々とその色合いと表情を変えていく。その表情を写しとめることに彼は日々の大半の時間を費やしていたのだという。「for Elizabeth」という冒頭の献辞に添えられた写真に収められた、正面を見るエリザベスのモノクロームのポートレート写真。彼女の肩を抱く手はケルテス自身のもの。写真の上に重ねられたいばらの輪。時間の層に触覚が深くたくし込まれている。

この写真集に巡り会ったのは、20歳代前半。ニューヨークに旅行していてURSUS BOOKSという古書店本屋で見つけて、思いきって購入した。その当時は、この作品にまつわる、一人の女性への愛情に根ざしたエピソードに感情移入して、光の移ろいがもたらす豊かな色の表情に惹かれて、見えない女性の佇まいに重ね合わせて想像しながら写真を見ていたように思うのだけれど、今はもう少し違う見方もできる。

この本は、正方形に近い版型で、上下左右に写真と同じくらいの幅、高さの白場が設けられている。つまり、写真が紙面という表面に穿たれた窓のように現れ、対面するページを連なるように続いていく。手近に捉えられたオブジェは、その背景に退く遠景の光によって、内省と回想の空間を立ち上がらせる。窓の内側として描き出される空間は、光が到来するその遠い在処につながっている。小さな窓から視線をどこまで遠く届かせることができるのか、という深い問い。windowの語源が「風の眼」という意味を持つことを思いながらページを繰ると、色の移ろいは私の眼の奥で、風のような空気の流れとして立ちあがる。

写真集の表紙はあたたかな光を彷彿させるようなオレンジ色、その影のようにはりついた見返しのインディゴ・ブルー。光と影、内側と外側、近さと遠さ、その往還を暗示しているようでもある。

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1 Comments

  1. 「モテる写真!」で米田さんの写真集を紹介させていただいた者ですー。
    なんでもネットで見ちゃう時代ですが、やっぱり紙っていいですよね。本とか、写真集は「めくる」ってのがよいです。
    次回のマレビトスクールも愉しみにしています。

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