Holding a daguerreotype

HAND

先週、写真家の新井卓さんにダゲレオタイプを撮ってもらいました。新井さんのダゲレオタイプ制作については『ケータイとダゲレオタイプ』という記事で書いたこともあり、これまでに4,5回程撮ってもらったことともあるのですが、今回はポーズに一工夫、ということになりました。

何が一工夫かと言うと、ダゲレオタイプを収めるケースを持って写る、ということ。1850年頃に撮られたダゲレオタイプを参考にしました。


ダゲレオタイプのケースを持つ女性

上記の記事から抜粋


—-実際に、当時ダゲレオタイプで撮影された女性のポートレート(図9)を見てみましょう。ダゲレオタイプは、革張りのコンパクトのようなケースの中に収められていて、表面に傷がつかないようにガラス板を被せた上で金属製の額が嵌められ、対面する側には臙脂色のビロードのような布が張られています。この布は、ダゲレオタイプの表面を保護し、ケースを半開きにしたときに像を見えやすくする役割を果たしていました。長い露光時間のために、女性は強張った表情をして写っていて、右手(写真では左手に見えますが、ダゲレオタイプは鏡像なので左右が反転しています)ダゲレオタイプを収めるケースを持っています。当時ダゲレオタイプに撮られるということは、一生に一度経験できるかどうかという稀少な体験であり、家族や親しい人が写っているダゲレオタイプを傍らのテーブルや台の上に置いたり、手に持ったりして写ることは珍しくはありませんでした。つまり、ダゲレオタイプを画面の中に入れることが、その人と一緒に写ることの代替的な行為として行われていたのです。
(図9)の場合、女性が手にしているダゲレオタイプのケースは閉じていて、中に誰が写ったダゲレオタイプが収められていたのかは知る由もありません。ひょっとすると撮影時にはこのケースは何も入っていない状態だった可能性もあります。つまり彼女が手にしているのは、このダゲレオタイプが収められているケースそのものだということも充分に考えられます。このダゲレオタイプを手に取って彼女のポートレートを見る人は、彼女の姿を掌に収めると同時に、ケースを介して彼女の手に触れたものに触れることでその手に間接的に接触し、また彼女の姿の上に自らの顔を映すことになります。そのように想像してみると、一点のダゲレオタイプを撮影して像を残すことに託された思いの深さや、写っている人とそれを見る人の間の親密な関係性が、ダゲレオタイプに触れて見る、ということと深く結びついていることがわかります。

ということで、私もケースを膝の上に置き、手を添えて写ってみました。このケース、桐箱で蓋を閉じて織の平紐で蝶結びをするようになっています。

case


見るからに「お宝感」が漂います。

蝶結びをほどいて蓋を開くと、角度によってはほぼ鏡、の状態。

case4

見る角度を変えると、像がくっきりと見えます。

case2

露光時間は1分40秒程度とさほど長くはなかったのですが、(初めての撮影では6分ぐらいかかった記憶があります)撮影中に眼が乾燥して左眼のコンタクトレンズがズレてしまうという体たらくで、顔が若干動いてしまい、ぼやけ気味。しかし、体や着ているもののディテールはとても鮮明に写っています。

できあがったダゲレオタイプを手にとって撮影してみると、モノとして揺るぎない存在感があります。

いずれ形見として誰かの手に渡されて残っていくのかもしれません。

新井さんは近々ダゲレオタイプのスタジオを構えて、撮影の依頼も受け付けるそうです。(私の友人、柿島さんご夫妻の撮影の模様がこちらで紹介されています。)


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